
「AIの使い方を教えてほしい」——ラオスの大学やTVET(職業技術教育訓練校)で、この要望が急速に増えている。しかし、教える側の教員自身がAIを業務に使った経験がないというケースが大半だ。
当社は企業向けのAI人材育成プログラムを通じて、非エンジニアにAIリテラシーを定着させる手法を実践してきた。その過程で見えてきたのは、企業研修と教育機関では「前提条件」が大きく異なるということだ。企業研修は「明日の業務で使える」即効性が求められるが、教育機関では「卒業後5年間使える基礎力」の養成が目標になる。
本記事では、企業研修の現場で得た知見をもとに、TVETと大学それぞれの文脈でAIリテラシーをカリキュラムに組み込むための設計指針を提案する。

ラオスの教育機関がAIに向き合う際、まず現状を正確に把握する必要がある。
ASEAN域内の高等教育におけるAI教育の導入度は、国によって大きな差がある。シンガポール、マレーシア、タイではすでにAI専門学科が設立され、全学部向けのAIリテラシー科目が必修化されている。
ラオスの状況は以下の通りだ。
このギャップは脅威であると同時に機会でもある。他国が数年かけて積み上げてきたAI教育のベストプラクティスを参考にしながら、ラオスの文脈に合わせて「ショートカット」できるからだ。
AIリテラシーは「プログラミングができること」ではない。AIの基本的な仕組みを理解し、自分の業務や生活でAIツールを適切に使い、AIの出力を批判的に評価できる能力だ。
ラオスの経済構造(農業15%、サービス業42%、工業43%)を考えると、AIリテラシーが必要なのはエンジニアだけではない。
教育機関の役割は、この「AIを使える人」をあらゆる職種で輩出することだ。

企業向けAI研修の手法を教育機関に応用する場合、3つの重要な違いを考慮する必要がある。
| 項目 | 企業研修 | 教育機関 |
|---|---|---|
| 受講者の動機 | 業務改善(直接的なメリット) | 将来のキャリア(間接的) |
| 前提知識 | 業務ドメインの深い理解がある | 業務経験がない |
| 期間 | 2〜6ヶ月の短期集中 | 1〜4年の長期カリキュラム |
| 成果指標 | 業務効率の改善率(定量) | 理解度テスト + プロジェクト成果物 |
| 教材言語 | 業務で使う言語(ラオス語中心) | 英語教材が多い(学術) |
企業研修では「今日学んだことを明日使う」サイクルが回るが、教育機関では「学んだことが活きるのは卒業後」というタイムラグがある。このギャップを埋めるのがインターンシップと産学連携プロジェクトだ。
企業研修では「テストの点数」よりも「業務で使えるか」で評価する。一方、教育機関では成績評価が必須だ。
AIリテラシーの評価には、従来の筆記試験ではなく以下を推奨する。
この評価方式は、「AIの知識がある」ことと「AIを使える」ことを区別できる。

教育機関のなかでも、職業技術教育訓練校(TVET)のようにカリキュラムが実務と直結する現場では、「学術的な理解」より「実務で使える技能」が優先される。企業研修で効果を上げている実務直結型のアプローチは、こうした教育機関のカリキュラム設計にも応用できる。
TVETのAIリテラシーカリキュラムは、職種別の業務シナリオに直結させる。
製造業コース(4ヶ月):
| 月 | テーマ | 実習内容 |
|---|---|---|
| 1ヶ月目 | AIの基礎理解 | AIチャットボットを使ってレポートを書く |
| 2ヶ月目 | 画像認識の仕組み | スマートフォンで品質検査写真を撮り、AIに判定させる |
| 3ヶ月目 | データ分析入門 | Excelで生産データを整理し、トレンドを読む |
| 4ヶ月目 | PoC体験 | チームで工場の課題を1つ選び、AIツールで改善案を作成 |
観光業コース(3ヶ月):
| 月 | テーマ | 実習内容 |
|---|---|---|
| 1ヶ月目 | AIチャットボットの仕組み | AIボットに観光案内を聞き、回答の品質を評価する |
| 2ヶ月目 | 多言語対応 | AIで商品説明・観光案内をラオス語→英語・タイ語・中国語に翻訳 |
| 3ヶ月目 | 実践プロジェクト | 地元の観光スポットのAIガイドボットを設計(プロトタイプ) |
ポイントはコーディングを教えないことだ。TVETの学生に必要なのは、既存のAIツールを業務で使いこなす力であり、AIを開発する力ではない。
TVETの教員の多くは、自身がAIを使った経験がない。これはラオスに限った話ではなく、ASEAN全体で共通する課題だ。
教員向け研修の設計(先に教員を育てる):
企業研修の現場では、非エンジニアでもAIリテラシーが定着することが実証されている。教員も同様に「AIエキスパート」になる必要はなく、「AIを授業に取り入れるファシリテーター」になればよい。

大学レベルでは、TVETよりも一段深い理解と応用力を養う。
AIリテラシーを情報工学部だけの「専門科目」にとどめてはならない。ラオス国立大学(NUOL)には経済学部、法学部、農学部、医学部がある。それぞれの学部でAIは異なる形で活用される。
学部横断AI科目の設計例(1学期・15回):
| 回 | テーマ | 全学部共通 or 学部別 |
|---|---|---|
| 1〜3 | AIの基礎概念、歴史、倫理 | 共通 |
| 4〜5 | データの読み方、バイアスの検出 | 共通 |
| 6〜8 | 学部別AI活用事例 | 学部別分科会 |
| 9〜12 | グループプロジェクト | 学部混成チーム |
| 13〜15 | 発表・ピアレビュー・振り返り | 共通 |
学部混成チームの利点は、技術的な視点(情報工学)とドメイン知識(経済、法律、農業)が交差する点だ。例えば「ラオスの農業にAIを適用するプロジェクト」では、農学部の学生が課題を定義し、情報工学部の学生が技術的な実装方法を提案し、法学部の学生がデータ保護の法的要件をチェックする。
大学のAI教育で最も効果的なのは、企業の実課題をPoCとして学生に取り組ませることだ。
産学連携PoCの運用モデル:
PoC開発の記事で解説した「概念実証の進め方」がそのまま教育プログラムとして機能する。学生にとっては実務経験、企業にとってはAI活用の検証機会になるWin-Winの仕組みだ。

ラオスのAI教育における最大のハードルの1つが、ラオス語教材の不足だ。
ゼロからラオス語教材を作るのはコストが高い。現実的なアプローチは、既存の高品質な英語教材をベースにラオス語にローカライズすることだ。
推奨する教材ソース:
ローカライズの際は、ラオス語AIチャットボットの構築で培った多言語対応の知見を活用する。AIを使って英語教材のラオス語翻訳を行い、教員がレビュー・修正するフローを構築すれば、教材整備のスピードを大幅に上げられる。
ラオス固有の事例(農業、金融、観光)を追加するのも重要だ。英語教材のシリコンバレー事例をラオスの文脈に置き換えることで、学生の理解度と関心が格段に上がる。
「AIの仕組みを理解する」だけでなく「AIを触ってみる」体験が教育では不可欠だ。ラオス語で操作できるデモ環境を用意する。
最小構成のAIデモ環境:
インターネット接続が不安定な地方のTVET校では、オフラインで動く軽量モデルを教室のPCにインストールしておく対策も有効だ。クラウド移行ガイドで紹介したAWSインスタンスを教育機関向けに共有利用する方法もある。

AI教育の導入で繰り返し見られる失敗パターンを2つ紹介する。
AIの理論(ニューラルネットワークの数学的背景、機械学習のアルゴリズム分類)を教えることに時間を費やしすぎ、学生が「AIで何ができるのか」を体感しないまま学期が終わるパターンだ。
ラオスの教育機関に推奨するのは「7:3ルール」——授業時間の70%をハンズオン(実際にAIツールを使う演習)、30%を理論に充てる。理論は「なぜそうなるのか」の説明として、ハンズオンの前後に配置する。
企業向けAI研修の知見でも、座学中心のプログラムは定着率が低く、ハンズオン中心に切り替えることで定着率が大幅に改善する傾向がある。教育機関でも同様の効果が期待できる。
先進国のAI教育カリキュラムをそのまま持ち込んでも、ラオスでは機能しない。例えば:
カリキュラム設計時には、ラオスのIT環境の制約を前提条件として組み込む。オフラインで動く演習、軽量モデル、モバイル端末での操作を中心に設計することで、インフラの制約をカリキュラムの制約にしない。

不要だ。TVETレベルのAIリテラシー教育ではコーディングを一切教えない。既存のAIツール(チャットボット、画像認識、翻訳ツール)を「使いこなす」ことに焦点を当てる。大学レベルでも、学部横断科目ではノーコードツールを中心にする。Pythonなどのプログラミングは情報工学部の専門科目に限定する。
最初の導入期には外部講師のサポートが効果的だが、持続可能性の観点から「教員自身が教えられる」状態を目指すべきだ。推奨は、教員向けの集中研修(2〜4週間)を実施し、教員がAIを自分の業務で使い慣れた上で授業設計に入るアプローチだ。
ADBはラオスのTVET改革プログラムに複数の支援プロジェクトを実施しており、ICTカリキュラム強化は優先分野に含まれる。JICAも高等教育支援の枠組みでデジタル人材育成を支援している。提案書にはAIリテラシーの具体的な成果指標(修了者数、就職率、企業満足度)を盛り込むことが採択のポイントになる。

ラオスのAI教育は「遅れている」のではなく「これから設計できる」段階にある。他国の試行錯誤を学び、ラオスの文脈に最適化したカリキュラムを構築する機会がある。
教育機関が今日から始められる3つのアクション:
AI教育の目標は「AIエキスパートの大量生産」ではない。あらゆる職種で「AIを道具として使える人材」を育てることだ。企業が現場で磨いてきたAI活用の知見と、教育機関の体系的なカリキュラム設計力を掛け合わせることで、ラオスの人材育成に現実的なインパクトを生み出せる。
Boun
RBAC(Rattana Business Administration College)卒業後、2014 年よりソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタート。水力発電分野の国際 NGO(WWF、GIZ、NT2、NNG1)向けに、データ管理システムや業務効率化ツールの設計・開発を 22 年にわたり手がけてきた。AI を活用した業務システムの設計・実装をリード。自然言語処理(NLP)や機械学習モデルの構築に強みを持ち、現在は生成 AI と大規模言語モデル(LLM)を組み合わせた AIDX(AI デジタルトランスフォーメーション)の推進に取り組んでいる。企業の DX 推進における AI 活用戦略の立案から実装まで、一貫して支援できることが強み。
Chi
ラオス国立大学で情報科学を専攻し、在学中は統計ソフトウェアの開発に従事。データ分析とプログラミングの基礎を実践的に培った。2021 年より Web・アプリケーション開発の道に進み、2023 年からはフロントエンドとバックエンドの両領域で本格的な開発経験を積む。当社では AI を活用した Web サービスの設計・開発を担当し、自然言語処理(NLP)、機械学習、生成 AI・大規模言語モデル(LLM)を業務システムに統合するプロジェクトに携わる。最新技術のキャッチアップに貪欲で、技術検証から本番実装までのスピード感を大切にしている。