
ラオスで AI エンジニアを採用しようとして挫折した経験はないだろうか。当社も同じ壁にぶつかった。しかし、既存スタッフの AI リテラシーを段階的に底上げする研修を設計したところ、6 ヶ月で業務に AI を適用できる人材を社内から輩出できた。本記事では、ラオス進出企業の人事・研修担当者に向けて、非エンジニアを対象とした 3 段階の AI リテラシー研修の設計・実施方法を、当社の実測データとともにステップバイステップで解説する。

ラオスの IT 人材市場の構造を理解すると、「AI エンジニアを採用する」というアプローチがなぜ機能しにくいかが見えてくる。
筆者がラオスで最初のプロジェクトを立ち上げた際、Python エンジニアの募集をかけたが応募者はゼロだった。ラオス国立大学の IT 学部の年間卒業者数は限られており、その多くはタイやベトナムの企業に流れる。ASEAN 域内の賃金格差を考えれば当然の流れだ。
ラオスの ICT 人材の状況を整理すると、以下の構造的な課題が浮かび上がる。
採用コストと育成コストを比較すると、ラオスでは育成の ROI が圧倒的に高い。
| 戦略 | 初期コスト | 期間 | リスク |
|---|---|---|---|
| AI エンジニア採用(海外から) | 高(年俸 + ビザ + 住居) | 1〜3 ヶ月 | 定着率が低い |
| AI エンジニア採用(国内) | 中 | 6 ヶ月〜(見つからない可能性大) | 候補者がいない |
| 既存スタッフ育成 | 低(研修費のみ) | 3〜6 ヶ月 | 離職リスクはあるが代替が効く |
当社の経験では、海外からエンジニアを招聘した場合の年間コストは、現地スタッフ 3 名分の研修費の 5 倍以上になった。さらに、招聘したエンジニアは 1 年で退職した。一方、研修を受けた現地スタッフは業務の文脈を深く理解しているため、AI ツールの活用提案が的確で、定着率も高い。

研修設計に入る前に、3 つの前提条件を整える必要がある。ここを飛ばすと、研修が「なんとなく ChatGPT を触る会」で終わってしまう。
AI リテラシー研修は、受講者の業務時間を週 2〜4 時間使う。経営層が「業務時間内の研修参加」を明確に承認しないと、現場マネージャーが研修への参加を渋る。当社では、CEO がキックオフミーティングで「AI 活用は全社戦略である」と宣言したことで、受講率が 60% から 95% に跳ね上がった。
「AI を学ぶ」ではなく「この業務課題を AI で解決する」をゴールにする。研修開始前に、各部門の業務課題を棚卸しし、AI で改善可能なタスクを 3〜5 個特定しておく。
棚卸しの観点:
| 準備項目 | 詳細 |
|---|---|
| インターネット環境 | ラオスの都市部では問題ないが、地方拠点は帯域確認が必要 |
| AI ツールのアカウント | ChatGPT Team / Claude Team 等のビジネスアカウント(個人アカウントは機密情報の観点で NG) |
| ラオス語対応の教材 | 英語教材のみだと脱落率が上がる。主要概念はラオス語で補足資料を作成 |
| 練習用データセット | 実業務データの匿名化版。架空データより学習効果が高い |

3 段階の研修設計の第 1 段階は、AI の基本概念と「何ができて何ができないか」を理解させることだ。
対象: 全スタッフ(エンジニア・非エンジニア問わず) 頻度: 週 1 回 × 2 時間 × 8 回(計 16 時間) 形式: ワークショップ形式(座学は全体の 30% 以下に抑える)
| 週 | テーマ | ワークショップ内容 |
|---|---|---|
| 1〜2 | AI とは何か | 生成 AI に自己紹介文を書かせ、出力を評価する |
| 3〜4 | プロンプトの基本 | 同じタスクを異なるプロンプトで実行し、結果を比較 |
| 5〜6 | AI の限界と幻覚 | わざと誤情報を生成させ、ファクトチェックの重要性を体感 |
| 7〜8 | 業務適用のアイデア出し | 棚卸しした業務課題に対し、AI 活用案をチームで発表 |
英語の技術用語をそのまま使うと、受講者の理解度が著しく下がる。当社では以下の対応を行った。
用語のラオス語化: 「プロンプト」「ハルシネーション」「トークン」などの基本用語にラオス語の説明を併記した用語集を作成し、研修初日に配布した。これは当社がラオス語 AI チャットボットを開発した際のノウハウが活きた部分だ。
スマートフォンファースト: ラオスではPC よりスマートフォンの普及率が高い。研修の実習はスマートフォンの ChatGPT アプリでも完了できるように設計した。PC がないことを理由に参加できないスタッフをゼロにするためだ。
ペア学習: IT リテラシーに差がある受講者をペアにし、得意な方が教える形式を取った。教えることで理解が深まる効果に加え、ラオスの「助け合い」の文化にも合致し、脱落率が大幅に下がった。

第 2 段階では、第 1 段階で学んだ基礎を実際の業務タスクに適用する。ここが研修の核だ。
全員共通の基礎研修とは異なり、この段階では部門ごとにカリキュラムを分ける。
| 部門 | 実践テーマ | 具体的なタスク |
|---|---|---|
| 営業 | 提案書作成の効率化 | 顧客情報 → AI で提案書ドラフト生成 → 人間が編集 |
| 経理 | レポート自動要約 | 月次レポートの要約・異常値検出を AI で自動化 |
| カスタマーサポート | FAQ 自動応答 | よくある問い合わせの回答ドラフトを AI で生成 |
| 人事 | 採用スクリーニング | 履歴書の要約・スキルマッチングの補助 |
| 物流 | 配送スケジュール最適化 | 配送データから AI にスケジュール案を生成させる |
当社の研修で最も効果が高かったのは、座学を最小限に抑え、実務での試行を中心に据えた配分だ。
毎週の振り返りミーティングでは、「今週 AI で解決できたこと」と「AI に任せたが失敗したこと」を共有する。失敗事例の共有が特に重要で、ある経理スタッフが「AI が生成した財務サマリーの数値が間違っていた」と報告したことで、チーム全体に「AI の出力は必ず検証する」という習慣が定着した。
研修の成果をあいまいにしないため、明確な評価基準を設ける。
| 評価項目 | 基準 | 配点 |
|---|---|---|
| AI 活用の頻度 | 週 3 回以上業務で AI を使用 | 30% |
| 時間削減の実績 | 対象タスクの所要時間を 20% 以上短縮 | 40% |
| プロンプト品質 | 意図通りの出力を 1〜2 回のやり取りで得られる | 20% |
| ナレッジ共有 | 有効なプロンプトやユースケースをチームに共有 | 10% |

第 3 段階の目標は、各部門に 1 名以上の「AI 推進リーダー」を育てることだ。全員をエキスパートにする必要はない。部門内で AI 活用を推進し、同僚の相談に乗れる人材がいれば、組織全体の AI 活用レベルは自律的に上がっていく。
第 2 段階の評価結果から、以下の条件を満たすスタッフを選定する。
当社では 15 名の受講者から 4 名の AI 推進リーダーを選出した。興味深いことに、4 名中 3 名は IT 部門ではなく営業とカスタマーサポートの出身だった。技術的な素養よりも「業務課題を AI で解決しよう」という姿勢の方が、リーダーの資質として重要だった。
AI 推進リーダーには、一般受講者とは別に以下の追加研修を実施する。
API 連携の基礎(4 時間 × 2 回): ノーコード/ローコードツール(Zapier、Make)を使って AI API を業務フローに組み込む方法を学ぶ。コードは書かないが、「AI を自動化パイプラインに組み込む」という概念を理解する。
プロンプトエンジニアリング応用(2 時間 × 3 回): Few-shot プロンプティング、Chain of Thought、出力フォーマットの指定など、より高度なプロンプト技法を実務で試す。
研修ファシリテーション(2 時間 × 2 回): 次期受講者の研修をリーダーが主導できるよう、教え方・ワークショップの進行方法を練習する。これにより、研修の内製化・持続化が実現する。

数字で語らなければ説得力がない。当社がラオスの現地法人で実施した AI リテラシー研修の結果を共有する。
| 指標 | 研修前 | 研修後(6 ヶ月時点) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 提案書作成時間(営業) | 平均 4.5 時間 | 平均 1.8 時間 | 60% 短縮 |
| 月次レポート作成時間(経理) | 平均 8 時間 | 平均 3.2 時間 | 60% 短縮 |
| FAQ 初回応答時間(CS) | 平均 45 分 | 平均 12 分 | 73% 短縮 |
| AI ツール利用率(全社) | 8%(2 名が個人的に使用) | 87%(13 名が週 3 回以上使用) | +79pt |
| 研修完走率 | — | 93%(15 名中 14 名完走) | — |
最も劇的な変化が起きたのはカスタマーサポート部門だ。研修前は英語の問い合わせに 1 件ずつ手作業で対応していたが、研修後は AI で回答ドラフトを生成し、スタッフが確認・修正するフローに移行した。対応速度が 3 倍以上になっただけでなく、英語の品質も向上し、顧客満足度スコアが改善した。
順調に見えるが、途中で 2 つの大きな失敗があった。
失敗 1: 英語教材のみで開始。最初の 2 週間、英語の教材だけで研修を始めたところ、理解度テストの平均点が 40% を下回った。急遽ラオス語の補足資料を作成し、用語集を配布したところ、次のテストで平均 75% まで回復した。
失敗 2: 全部門共通のカリキュラムを 3 ヶ月目も続けた。第 2 段階に入るべきタイミングで、全員共通の「応用編」を続けてしまい、「自分の業務と関係ない」という不満が噴出した。慌てて部門別カリキュラムに切り替え、業務直結のタスクを練習素材にしたところ、モチベーションが V 字回復した。

当社の失敗に加え、ASEAN 地域の他社事例から見えるアンチパターンを共有する。
「ChatGPT の使い方」を教えることが目的になり、業務課題の解決につながらないパターン。受講者は「面白かった」と感想を述べるが、翌月には誰も AI を使っていない。
回避策: 研修の KPI を「ツールの操作習得」ではなく「業務タスクの所要時間短縮」に設定する。毎週、具体的な業務タスクでの Before/After を計測する。
IT 部門は技術に詳しいが、営業や経理の業務プロセスを深く理解しているわけではない。IT 主導の研修は技術寄りになりがちで、非エンジニアの受講者がついてこられなくなる。
回避策: 研修の設計は人事と各部門のマネージャーが主導し、IT 部門は技術的なサポート役に回る。「業務のプロが AI の使い方を学ぶ」構造を作る。
AI ツールに機密情報を入力してしまうインシデントは、研修開始直後に起きやすい。「後で決める」は手遅れになる。
回避策: 研修初日に以下のルールを明示する。

当社の場合、15 名の研修で主なコストは AI ツールのビジネスアカウント費用(月額 × 人数 × 6 ヶ月)と、研修設計・運営に充てた社内工数だった。外部講師は使わず、社内のシニアスタッフが講師を兼任した。海外から AI エンジニアを 1 名採用するコストの 5 分の 1 以下で収まった。
できる。むしろラオスではそれが多数派なので、ラオス語の補足教材は必須だ。AI ツール自体はラオス語での入出力に対応しているため、プロンプトをラオス語で書いても実用的な結果が得られる。ただし、高度なプロンプトエンジニアリングのリソースは英語が中心なので、AI 推進リーダー層には最低限の英語読解力があると望ましい。
ある。しかし「育成しなければ退職しない」わけではなく、スキルが上がらないまま不満を募らせて辞めるリスクの方が高い。当社では研修修了者の 1 年後の定着率は 86% で、全社平均(72%)を上回っている。AI スキルを活かせる業務環境を整えることが最大の定着策だ。
3 段階の構造はそのまま使えるが、「部門別カリキュラム」は「個人別カリキュラム」に読み替える。5 名以下なら全員の業務課題を個別にヒアリングし、1 人 1 人に合った実践テーマを設定する方が効果的だ。むしろ小規模チームの方が柔軟にカリキュラムを調整でき、成果が出やすい。

ラオスで AI 人材を確保する最も現実的な方法は、既存スタッフの育成だ。本記事で解説した 3 段階の研修設計を改めて整理する。
最初の一歩は、各部門の業務課題を棚卸しすることだ。AI で改善できるタスクが 3 つ見つかれば、研修を始める十分な材料が揃っている。
AI 導入全体のフレームワークについては「ラオス企業の AI 導入ガイド」を、研修で取り上げるチャットボットの技術基盤については「ラオス語対応 AI チャットボットの作り方」も合わせて参照してほしい。
Yusuke Ishihara
13歳でMSXに触れプログラミングを開始。武蔵大学卒業後、航空会社の基幹システム開発や日本初のWindowsサーバホスティング・VPS基盤構築など、大規模システム開発に従事。 2008年にサイトエンジン株式会社を共同創業。2010年にユニモン株式会社、2025年にエニソン株式会社を設立し、業務システム・自然言語処理・プラットフォーム開発をリード。 現在は生成AI・大規模言語モデル(LLM)を活用したプロダクト開発およびAI・DX推進を手がける。